うつで休職した話

体調と治療の記録

うつになる前の日常①

コロナで外出しづらい日々が続き、心配になるニュースばかりで気を削がれそうです。いや、削がれていました。

なので、TVを消し、ツイッターを閉じています。

絵を描いていたら、ちょっと漫画でも描いてみようかな、という気分になりました。

でも今まで漫画なんて描いたことないです。下手です。ご容赦下さい。

 

うつになる前の、私の日常です。

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この潰れちゃってる先輩と共通の上司がパワハラ系で、先輩は私より先に目をつけられてめっちゃ怒られ立たされていました。辛さを共有できる先輩と、怒られても屁でもない安定感のある後輩に恵まれ、飲みはとても楽しかったです。

描いてて元気になります。本当楽しかったな。

こうやって、ストレスを発散していました。

でも、この後も次から次へとストレス要因が増えていってしまいました。 

カウンセリング専門機関に行ってみた

復帰面談を控え、色々と考えを整理している。

まず、どういう経緯で鬱になったのかを整理する。

そして、鬱になった原因を考える。

それに対し、今後どう再発防止策を取るか考える。

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私の場合、原因は大きく2つ。

まず1つは、部署異動、職務内容の変化、私生活の変化(結婚、引っ越し)が重なったのに、仕事も家事も完璧にこなそうとしてしまったこと。

これからは、自分のストレスサイン(背中が痛くなる、とか)が出たらとにかく休む。すべき思考を捨てる。きっと、すべき思考は日々湧いてきてしまうから、日々意識して修正していく。

もう1つは、思うように仕事のパフォーマンスを上げられなかった時に、何とか打開しようと睡眠を削ってまで根詰めてしまったこと。

これはもう「睡眠だけは削らない!」に尽きる。信条として掲げるのだ。

鬱になって思い知ったのが睡眠の大切さだ。鬱になる前は4〜5時間しか寝てなかった。2018年のOECDの統計によると、日本人の平均睡眠時間は7時間22分。欧米の先進国と比べると1時間ほど短く、調査した加盟国中、ワースト1らしい。私は週末の寝溜めくらいでは到底挽回できないほどの睡眠負債を抱えていたのだ。

医師からの指導で生活リズムが戻ってからも睡眠は1日8時間は取るようにしているが、起きた時頭がスッキリして本当に調子が良い。

ちなみに睡眠時間については諸説あって、1日8時間がベストと言う定説もあれば、6時間半〜7時間半寝る人がもっとも長生きで幸福度が高いという研究もある。まあ、私は病み上がりなので、当面は私は疲れが取れ気持ちよく目覚められる睡眠を何よりも重視しようと思う。

 

こんな感じで原因と対策については良い感じに整理できていったが、どうしても1つ、うまく整理できない問題にぶち当たった。

厳しい指導をする上司からの叱責への対処法だ。

怒鳴られたことも、毎日のようにデスクの前に立たせれ長時間叱責を受けたことも、全部指導だとは理解しているつもりだ。でも、叱責を上手にかわせなかった自分に、未だに納得がいっていない。上司の期待に沿うような仕事ぶりをしたかったし、成長したかった。変わりたかった。「その上司の指導には合わなかっただけ」とか捉え方を変えようとしても、どうしても、期待通りに変われなかった自分がダメだったんだろうという思いが消えない。だから、今後同じように強く叱責するタイプの上司に当たった時に、当時の思いがトラウマのようにフラッシュバックして、また必要以上に自分を責め、追い詰めてしまうのではないか、と懸念してしまう。

これについては自力で認知の仕方を変えることは難しかった。そこで、思い切ってカウンセリングに行って相談してみることにした。私の通っていた病院では認知行動療法のようなことをじっくりやってくれる訳ではなかったので、他でサポートしてくれる所を探した。金額は50分8,000円だった。以前の私なら高くて手を出さないところだが、今の私には重要で必要なものだから、金額による躊躇はなかった。

初回の面談では、これまでの経緯を丁寧に聞いてくれた。先生は同意するでもなく、深入りするでもなく、ちょうど良い距離感で話してくれた。だからか、私も客観的に話せた気がする。そして今後、一緒になって上司との問題を整理してくれることになった。

面談の終盤、先生が「その上司は、もう異動していないんですよね。」と言った。

確かに、上司はもういない。今までもそこまで高圧的な上司に当たった事なんて無いし、社内でもそんなに高圧的な人はいなさそうだ。なのに、なんで私はこんなに怯えていたんだろう。

それに気づけただけで、心がふわっと軽くなった。

帰り道のカフェで、晴れやかな気分で美味しいコーヒーを飲んだ。

泣く人だけが、傷ついているわけじゃない。

私は休職しているが、徐々に回復してきて、医者から復帰OKの診断をもらった。

次は会社による復帰判断のために人事との面談があるので、どんな事を聞かれるのか、どういう事を話せばいいのかを会社のカウンセラーと話し合った。

「なぜうつになったのか」や、「どうやって再発防止するのか」など聞かれるらしい。ふむふむ、そりゃそうだろうな、と冷静に聞いていた。

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最後にカウンセラーから、「でも、うつになって休職した事をきっかけに色々な事と向き合ってきたから、この経験がこれからの糧となるといいですね。」というような事を言われた。

私は「そうであったらいいなと思います」と言いながら、不意にかけられたやさしい言葉が胸に沁み、少し泣いてしまった。

するとすかさず、カウンセラーが「あ、涙はね、面談の場で見せると、感情が安定していないと捉えられるおそれがあるので、脅すわけじゃないけど気をつけてくださいね。」と。

 

ハッとした。

悔しい時や悲しい時の涙は人前で見せるまいと思っていたけど、こういう緩んだ時に出てしまう涙も捉え方によってはネガティブなんだ、と。

この「涙は感情が安定していないサイン」という考え、すごく腑に落ちた。

私は、「休職して自分のことを、今まで以上に理解できた事は良かったし、これからに生きる。」と思う一方で、心のどこかで、一度休職してしまった自分のことを失敗作のように感じ、自分を肯定できていなかった。

挙げ句の果てに、「復帰後も、うつで休職した奴っていう目で見られるんだろうな、嫌だな。」と勝手に妄想を膨らませ、凹む次第だった。

だからこそ、やさしい言葉に対して、涙が出るほど心が動いてしまったのだ。 

「そう言ってもらえて嬉しいです」、ホロリ。と。

でも、面談で求められているのは、そんな事じゃない。

「あなたは、自信を持って復帰できますか?ちゃんと回復していますか?当社で働けますか?」って事なのだ。

それに対し、「当然です」と答えられるくらいの自信があれば、きっと感情は大きく動かずに済むのだろう。

 私は、そこまで心の整理がついていなかった事に気づいた。

今のままだと、(そんなコト言われたって、私だって不安なんです〜)と思いながら口先で「大丈夫です!」と答え、面談の百戦錬磨である人事に見破られるのがオチだろう。

まずは、休職した自分を認めるために、ネガティブに思っていることを書き出して、1つ1つ解釈し直していこうと思う。

そして改めて、どうやってうつを再発防止していくのか、考えていこうと思う。

そうすれば、すこしは自信が持てるんじゃないかな。

 

 

世の、泣かない人の強さ、というのは、

「そこについてはもう十分に、考えて考えて、考え尽くして、感情も何往復もして、自信つけたんで。」

という強さなのかもしれない。

その人に過去の傷があるからこそ、の強さなのかもしれない。

 

泣かない事が良い、ということではなくて、

泣く人も泣かない人も、傷はあるのかもしれないね、ということ。

こみ上げる怒りも、「すべき思考」の表れ

結婚してから、旦那との喧嘩が増えた。私がこんなに喧嘩してるなんて、思春期以来じゃないかと思うくらいだ。

何でも伝え合える方がいいと思って、旦那にこうして欲しいと伝える。例えば、洗濯物の干し方。「こうした方が早く乾くから、次からこうして〜」。

すると、旦那は旦那なりの考えがあってやっているのに注意されるもんだから、面白くない。むしろ、「俺はちゃんと洗濯物を干しているんだぞ、家事参加しているんだぞ、褒めてくれてもいいだろう」と思っていたんだろう。そして、言い返す。「細かいところまで管理せんといてよ。もう俺には分からんわ。なら自分でやってよ」

私はムッとなり、「これから上手に家事ができた方がいいでしょ。感情的にならないでよ!」と反論する。

 

バーンズ先生の本を読んで気づいたのだが、私たちの喧嘩は、自分の正しさを証明するための、”自尊心を守る戦い”だった。

相手が自分を批判したり、好まなかったり、考えに賛成しなかったりした時に生じる怒り。でも、どれだけ声高に相手の行動をあげつらい、自分の正しさ叫ぼうが、相手の人格を否定できる訳ではない。この世で自尊心を脅かす人はたった一人。自分自身なのだから。

 

そもそも、怒りの背景には、「すべき思考」がある。

「すべき思考」は、自分がいつでも満足できるという仮定に基づいている。他人を含む周りの環境は、自分を満足させるべきだと、無意識のうちに思っている。そして、自分が望むものを手に入れられない時、自分の気に入らない時に怒りが生じる。

だが、人は自由な意思を持っている。自分が気に入らないような考えや行動をとる。人を自分の希望に従わせようと思っても思うようにならない。自分が不正に扱われたという認識から、怒りが生じる。

怒りが生じた時には、以下の疑問を投げかけ、考えるといいらしい。

この怒りは、悪意を持って何かをした人間に向けられているか?

この怒りは有用か?自分の目的の役に立つのか、単に有害なのか?

 

こう考えると、私の怒りは不要なものだった。

「私のやり方が正しいんだから、旦那も受け入れてくれるべき」というすべき思考から生まれた怒り。それをぶつけた結果、旦那とはいつも言い争って、問題がスムーズに解決した覚えはない。

 

以前、糸井重里さんが、思ったことを何でも言い合える環境を良しとする文化に一石を投じていた。言いたい事を言い合って、いい結果で終わったことがどのくらいあるだろう?相手への配慮もよろしくね、と。怒りに駆られては、配慮どころでは無い。

また、相手の行動を変えたいのなら、悪いところを突くのではなくて、自分の希望にかなった動きをしてくれた時に褒める方が効果的だろう。

 

先日も、義母から「早く復帰してたくさん稼いでね〜!せっかく金融は給料良いんだから、絶対しがみついていきなさいね。」と言われた時にも、怒りのような葛藤のような感情が出てきた。義母と私の価値観は別物だからと気にしないようにしても、もやもやしてしまう。

これも、「職場環境が合わずに鬱で体調を崩しているのだから、周りの人は早く復帰して頑張ってまた稼いでとは言うべきではない。」という「すべき思考」があったからだ。

 

「であるべき」というルールを持っていると、失望や葛藤の原因となる。「であるべき」を「であれば素晴らしい」に置き換えることが現実的で有用な第一歩だ。

怒りを頻繁に引き起こす考え方は歪んでいる。その歪みを直せば怒りの回数は減る。

もちろん相手にも「すべき思考」があって言い争いになるんだろうけど、相手の思考を変えることはできない。

ごきげんに生きるためにも、自分の思考の歪みを修正していこう。

 

 

*これは、バーンズ先生の本の内容を私なりに解釈したものです。

【断薬中のこと②】シャンビリが長かった

サインバルタ断薬中のシャンビリ

頭がシャンシャンし、体がビリビリする。通称シャンビリ

たいてい1か月もあれば治るらしいが、私の場合2〜3か月間悩まされた。

目を動かしたり、頭を動かすと、頭の中がぐわんって揺れた。手足など体の末梢を中心にずっとビリビリ痺れていた。経験したことのない体の異常に気力も削がれていった。

でも、断薬したての頃は、断薬できるくらいになったんだから自分は結構回復してるんだ、動けるようになってるはず、と思っていた。投薬中は結構元気に動けていたから、その調子で考えていた。実際は、動けていたのは薬の効果なのか自分の体調の回復のせいなのか分からないのに。

動けるものと思い込んでいた私は、シャンビリがマシな日には自分の気分の赴くままに色々行ってみていた。

例えば、友達と飲みに行ってみた(今考えるとオイ!って感じだが)。友達の元気そうで仕事も順調そうな姿を見て、私もすごく元気をもらった。この頃は体を動かすとシャンビリがしんどかったが、笑ってお酒飲んでる時は感じなかった。のでついつい飲み過ぎてしまった。

案の定、翌日は今までにないくらいダウンした。目はモノモライになるし、腰がありえない位痛かった。体はまだまだ疲れてるんだなと感じた。この月に来た生理は史上最強に辛かった。腰もお腹も痛すぎて何もできず、夏前なのに湯たんぽを抱えてずっと寝ていた。

楽しんだ翌日のダウンは結構メンタルに響いた。婦人科系をはじめ色々な体の不調が何倍にもなって出てくる。そりゃあ、自律神経も正常じゃないし、免疫も落ちてただろうし、運動もしてないから血流も悪いし、不調になるのも分かるけど。でも、このまま病気のオンパレードにはなりたくない。

この時期は、旦那が休日の朝ごはんから夕ご飯まで全部作ってくれた。ご飯を作ってくれるなんて結婚してから初めてだった。簡単なものだったけど、人が作ってくれたご飯ってこんなに美味しいっけ。

今後の2人のためにも、どう生きたいのか、どう働くか、よく考えないと。と思った。

 

今になって考えれば、断薬中にそんなに焦って動かなくても良かったと思う。

徐々に徐々に良くなっていくのだから、行動目標とか作って自分にプレッシャーをかけても、後から体に響いて凹むだけだった。ゆったり過ごしていれば、心身ともに安定した日々を過ごせただろう。でも、早く会社に復帰しないと、という気持ちがあって、私はゆったり余裕を持って過ごすことを自分に許せなかった。ここにもうつの原因になった「思考の歪み」の1つ、「すべき思考」があった。

【断薬中のこと】今の自分との良い関係

私が「歪んだ思考の日常記録」を始めたのは、断薬の副作用シャンビリがちょっとずつ落ち着いてきた頃だった。

と言っても、日によって体調が大きくブレる。断薬前よりエネルギー電池が減っている感じで、疲れを感じやすかった。初期に感じていた漠然とした無気力感は無くなってきたが、体調面が回復しない焦りがあった。

自分が断薬して本当に大丈夫なのか、治療期間は伸びてしまうのだろうか。心配事はたくさんあったし、乗り切れる自信みたいなものがあった訳では無かった。

でも、人生はトライアンドエラーの繰り返しで少しずつ修正していけばいいと思えた。自分で仮説を立てて検証してみる、ダメだったら他の方法を試す。そうやって自分に合う方法とか、自分のいいところを活かせる方向に修正していけばいいやと。

当時の私は薬に頼らない認知行動療法というものに興味を持て、今後のために自分の認知の仕方を変えようという意欲っぽいものが少しずつ出てきた。

でも、気力十分ではない今の自分とどう付き合えばいいのか。認知行動療法を試したいと思っても、つい家のソファやベットで虚無な時間を過ごしてしまう。「よし、今から認知行動療法の本を読もう」という気にならず、他のことをしてしまう。

バーンズ先生は、気力とは、ある種行動することで湧いてくるものだと言った。

「気力→行動」ではなく、

行動→気力→次の行動」なのだと。

 

ぐずぐず主義者はこれに気付いていないらしい。気分が熟すまで待っていたら、永久にその時は来ない。私だったら今日も行動できなかった〜と罪悪感も感じてしまう、気力を基準に動かない方が良いかも、と気付いた。

だから、とりあえずカフェに行ってバーンズ先生の本を読みながら「歪んだ思考の日常記録」を付けることをやってみた。カフェなら行ける気がしたし、カフェに行ったら「歪んだ思考の日常記録」を付けるか、バーンズ先生の本を読む時間と決めてみた。

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やってみたら、思ったより気分が良くなった。認知行動療法も少し進められた!というプチ達成感も感じられた。思った以上の達成感と清々しさだった。

でも、急に毎日認知行動療法ができるようになった訳じゃないし、日によって体調を見ながらだった。だから急に自信が付いたわけではない。コツコツやって、少しずつ「良くなってきたかなぁ?」と自問自答しながら、アップダウンがあって少しずつその平均ラインが上昇していく感じだった。

自己肯定感を他人からの賞賛に頼るデメリット

私には「自己価値感を感じながらモチベーションを持って働く」ということがすごく難しかった。モチベーション発信で仕事をしている人、自分が望む仕事を嬉々としてしているような人は、そんなことはないのかもしれない。入社当初からやりたかった仕事はさせてもらえずに歩んできた私は、組織における自己価値を見出せないでいた。仕事がうまくいかないのは、仕事内容が合っていないからだと思っていた。思えば一種の自己防衛だったのかもしれない。

実際のところ、私がうつになってしまったのは、仕事が合わなかったことが直接的な原因ではない。と、思う。原因は、自己価値感や自己肯定感が低かったこと、それを高める方法が分からなかったことが大きかったように思う。肯定感を自ら生み出すことができずに、自己価値の基準を他人に求めていたからだ。

私は根っこの部分で、自分はこの仕事に向いてない、そもそも社会人として私が仕事ができるタイプな訳がない、と思っていた。

私の会社には、頭がとてもキレるいわゆるデキる人が数多くおり、その方々の自己主張はめちゃ強かった。その人たちと自分と比較しては、少しだけ伸びた自信の芽を自らポキポキ折っていた。自分を卑下しすぎてもダメだと言われてからは、背伸びしてデキるふりをしていた。でも、いつも命を脅かされているような、どこに向かえばいいのかも分からない、群れからはぐれた小猿のような不安感があった。

これほど自信がなかったのも、何を隠そう、私は金融マンのくせに数字が苦手だったからだ。根っからの文系で、感情とか感性で理解するタイプだし、論理的に説明するのが苦手。数字が大の苦手で、浪人して苦手な数学に最も時間をかけたにもかかわらず、センター試験の数ⅡBで30点台を取った。自他共に認める数学苦手脳。内定をもらった時には、周りから「お前が金融に!?」と驚かれたものだった。この時から、私は何かの間違いでこの会社に入ってしまったのだ、と細く長く思っていた。

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4年目くらいでポツポツ大きめの仕事をもらえるようになった時、あまりにも仕事を回すのが下手すぎて、自分が迷惑をかけてばかりに感じ、辞めた方がいいかもしれないと思ったことがあった。でも、普段は厳しい課長が「あいつはこの仕事に向いてるよ」と先輩に言ってたのを又聞きして、「そうなんだ〜一番私のことを見てくれてる課長が言うなら、私ここにいていいのかな!」と思った。なんて単純。

つまり、ちゃっかりと私は周りの評価によって自分の立ち位置を決めていたのだ。自分が認めるに値する人間なのか、この会社にいていいのか、を他人の意見で判断していた。周りの人からの肯定の言葉はあくまで仕事においての意見なのに、それを自分の人格肯定のようにも感じていた。

 

そうしてきた分、逆の場面では他人と一緒になって自分を攻撃した。上司から否定され続けた日々で、私は自己否定を強めてしまった。それが、私にとっては危機となってしまった。

 

自己肯定感や自己価値感を他人からの賞賛に頼ってしまう。

でも、そもそも、そんなものは”自己肯定”ではない。

”価値”という言葉にも、惑わされてないけない。

組織における、仕事スピードにおける価値ならば、私は低かったかもしれない。でも、組織における、色んな人やお客さんとほんわり仲良くなれる潤滑油部門においては、結構価値が高かったと思う。

家族における”価値”では、欠かせない一員である。

友達における、ほんわり部門筆頭である。

命ある存在である。それだけで十分だ。

価値というものは、何か一つの面だけで測れるものではない。

他人から与えられるものでもない。

 

どんなにヘマしても、あの時こうしてればよかったと思うことがあっても、私という人間の価値が損なわれる訳ではないんだよなあ。